温かな人たちに支えられ、のびのび子育て

大阪から大崎市田尻に移住しました。

中山 崇志さん
移住歴:10年
出身:大阪府
家族構成:妻、お子さん3名
仕事:NPO法人「まきばフリースクール」理事

移住前の生活は?

大阪でアルバイトをしながら、心理カウンセラーの勉強や子どもたちとキャンプをするボランティア活動をしていました。私も妻も大阪出身で、大崎市は縁もゆかりもありませんでした。
 

移住のきっかけは?

いずれは子どもたちの自然活動とカウンセラーを組み合わせた活動をしたと思っていたところ、栗原市(大崎市の隣市)でそういった活動をされている知人に声を掛けていただき、妻と2人で移住しました。妻の反対はなかったですね。若かったたので「何とかなるのでは」と思っていたようです。
 

 移住後の暮らし

仕事は栗原市のNPO法人で理事をしています。休日はわが家の小さな畑で家族と一緒に野菜作りをしたり、好きなフットサルを仲間と楽しんだりしています。住まいは大崎市田尻です。古い家をリフォームして住んでいます。移住当初はまちなかアパートで暮らしていましたが、職場の同僚の紹介で田尻に移りました。ご近所さんは、長年そこに住み続けている地元の方がほとんどです。
 

大崎市はどんなところですか?

心が温かな人が多いですね。子育て世代としては、周りにいい人がいることが大切だと思っています。子どもは人の中で育ちますからね。移住当初は、“自然の中の一軒家”への憧れもあったんですが、もともとのコミュニティがある今の場所を選んで良かったと思います。私自身、大阪ではアパートやマンションに住み、隣人がどんな人かもわからないで育ちました。温かな人達とともに暮らしていけるのが何よりも魅力です。
 

移住成功ポイント

大学生の時に北海道に住んだことがあるんですが、大阪弁を使うという愚かな行為に走り(笑)、うまくいかなかったことがあります。人とのつながりを大事にし、積極的に地域になじんでいくことが大切だと思います。

 

 

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大崎でみつけた新しい働き方。

東京から大崎市鳴子へ

鈴木 美樹さん
移住歴:4年
出身:東京都
家族構成:1人
仕事:「さとのわ」主宰
 
 

移住前の生活は?

25年間、都内でサラリーマンをしていました。東京生まれで自然のことは分からず育ち、大田区、港区、渋谷区、千代田区にしか行ったことがない極端に偏った都市生活者だったと思います。
 

移住のきっかけは?

アパレル業界に中間管理職として物流に携わりながら、なにもかも買う物理的な豊かさよりも、人の心のような本質的な部分が豊かになつような働き方をしたいと考えるようなりました。そのときたまたま目にした「温泉」「湯治」の新聞記事が、神のお告げのように(笑)スッと入ってきました。そこから調べて大崎市の鳴子にたどり着きました。
 

移住後の暮らし

「さとのわ」という団体を立ち上げ、鳴子温泉の湯治文化を紹介する活動をしています。地元のお母さんに教わりながら旬の食材で里山料理を作ったり、地域の森林インストラクターと山歩きをしたり。「里山とまちをむすぶ」をテーマに、湯治場で過ごすひとときを地元の方達と提案しています。また、鳴子にUターンやIターンした人たちが集まる機会をつくり、出会いを広げるお手伝いもしています。余計なおせっかいだし時間も無いんですけれども(笑)。
 

大崎市はどんなところですか

想定外の温かみや、突拍子もないもてなしがあります。「今からご飯を食べる」といっているのに干し柿をたくさんくれたり(笑)。それは田舎の人にとっては普通のことですが、私のプログラムに参加されるような都会の人にはとても響くと思います。
 

移住成功のポイント

私は都会の暮らしと田舎の暮らしを使い分けています。両方必要ですから。例えばおいしいビストロやイタリアンを食べたければ東京に行けばいい。里山の暮らしの魅力は、そういったものとは別にあるんだと思います。

 

 

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